提 言 ( 連 載 )
流通・サービス系情報システムを構想する上で、ヒントとなるような提言集となるよう連載を続けていきます。

第1回  CRM導入への提言

 流通業・サービス業系を営む企業の中でも、生命線としてCRMに力を注ぎ、情報システムも先進のシステムを導入しようとする例は多い。
 第1回提言としては、CRMに多大な経験をもつISC:古林氏からのCRM導入への提言です。

<提言>

CRMの導入には、2つのツール、「インセンティブと情報活用」 を正しく使いこなすことが失敗しないための大切な取り組み課題となる

 

 

 失敗しないCRMの導入をするには、必ず2つのツールの使い方を一緒に考えることが重要である。 CRMの構築には2つのエンジン、


すなわち、インセンティブと情報活用が車の両輪のように互いにバランスよく働いて、目的に向かって真っ直ぐ進むようにしなければならない。インセンティブだけに重きを置く仕組みは、単に割引やおまけが目的の、いわゆる仮のロイヤリティという関係だけに終ることになる。

また、情報活用だけの取組みは、その源となるべき情報の収集が質、量ともに充分得られない条件でということになってしまう。

CRMの構築における優先順位の高い取組み課題は次の4点が挙げられる。

インセンティブでは、


@   
顧客発想の仕組みづくり

A    上位客優先のインセンティブの仕組み−累進ポイント


情報活用では、


B   
出口発想による実践的な情報活用とメンテナンスの設計

C    上位客ニーズに対応する商品施策で自社のコアコンピテンスを強化

 

 @ 顧客発想の仕組みづくり

顧客との長期に亙るつながりを維持するには、顧客の立場に立った発想を大切にすることが重要である。インセンティブについては前向きスタンスで発想し、顧客へのホスピタリティを大切にして、相手を重んじる気持ちが伝わるというものでなければならない。もしそうでなければ結果的に、形式だけの、その場限りの関係に終ってしまい、本物の永続きのする顧客リレーションシップは生まれてこない。

要は、顧客を大切にしているというメッセージが相手に届くかどうかであり、仕組みづくりに取組む企業の基本姿勢が問われる。なかでも大切なことはやはりトップの関心にあり、この仕組みにトップが気持ちを入れているかどうかにかかっているのではないだろうか。

幾つかの事例を見ると、顧客志向が大切といいながら本当に顧客を大切にしようとしているとは思えないケースが数多く見られる。つまり、インセンティブはおまけの発想で、‘してやっている’という発想から抜け出していないのである。

例えば、ポイントが貯まって優待券が発行されるが、それを使おうとすると、いろいろと制約があって使いづらい。優待券はタダだから我慢しろ、文句を言うな方式が読み取れる。このような事例は枚挙にいとまが無い。 私の経験で、ある航空会社のマイレージで航空券を利用したが、接続便が時間に遅れて乗り継ぎ便が先に出てしまい、その結果クーポン券での搭乗機変更はできないと言われた。散々交渉をした結果、ようやく次の日に先送りされて、しかも別の空港に到着というはめになった。優待券の利用は、優先順位の低い、とことん決めごとの枠にはめられて融通がきかないのが実態であった。

これらは企業発想であって、顧客発想ではない。上位顧客の優遇といっているのに、‘してやっている’の発想が根底にあると思える。タダだから不便、不利は当たり前、我慢するのが当然という考えであろう。

別の経験で、たまたまゴールドカード会員になって高い還元率が適用されていたが、翌年、購入金額が低かったからといって条件の悪い一般カードに格下げられた。気分を悪くして、それ以来その百貨店に行かなくなった。 また、あるホームセンターで貯まったポイントを500円券に交換して貰ったが有効期限が2週間しかなく、その間に来ないと無効だという。このポイントカードも捨ててしまった。

コスト意識とか無駄を無くすと言って、そのためにもっと大切なものを失うケースが多く見受けられる。年会費の期限切れで自動的に退会扱いにするとか、不正防止のために、カード忘れでの後付けポイントは認めないというルール。あるいは少しでもポイント経費を下げようと1000円以下の金額にはポイントをつけないとか、サービス券の短い有効期限などなど数え上げればきりがない。

単なるポイントインセンティブでの結びつきは簡単に壊れ、容易に他所にスイッチする。ポイントインセンティブは上位顧客優遇の手段であり、仮のロイヤリティを如何に本物のロイヤリティに結び付けるかの努力が求められる。顧客と企業の本物のリレーション構築にはまだまだ距離が感じられるが、それを埋めるのは企業自身のこの課題への取組み姿勢に負うところが大きいのではないだろうか。

 A 上位客優先のインセンティブの仕組み−累進ポイント

優良客を囲い込むという考えに立てば、上位顧客とそうでない客を差別化するのは必然といえる。ポイント付与で上位客を有利にする累進ポイントの仕組みは、上位顧客を囲い込み、継続してリレーションを維持するための有力な仕組みとして、他社に先行して導入することがすすめられる。

単なるポイントシステムでは競合他社が同じ仕組みを持てば、インセンティブの魅力で違いが無くなり、差をつけるために、さらに還元率をアップするという悪循環になる。 競合の結果、身を削るような割引、値引き合戦に陥って、当初の目論見が結果的に経営の足を引っ張るという皮肉な結果になる。累計の購入金額に応じて段階的にインセンティブが大きくなる累進ポイントの仕組みは、そんな状況になる前に上位の優良客をつなぎとめておくことの可能な一つの方法だ。

 累進のインセンティブは一定期間の累計購入金額に対して累進のポイント付与をする仕組みで、その特徴としては、上得意客に対してより多くのメリットを提供し、そうでない顧客には特典を少なくできる仕組である。累進割引特典のある仕組は、先行して多くの実績を早くつくることが競合に強いカードにするための重要な要件で、先行する店がこの仕組みを導入した後で他店が同様な提案をしても、顧客の手元にすでにポイントが貯まった後では、手持ちの累計点をさらに多く貯めた方が有利だという計算が働き、後発のカードにスイッチするという動機付けが少なくなる。結局、一つのカードに集中して貯めるほうが得をするという計算心理が働いて、他のカードポイントに分散することが防げて、先行システムが有利になることとなる。

さらに、累進ポイントの仕組みは、競合システムよりも経費的に有利になるので、ポイント戦争には負けない仕組み(競合店はベタ付けのポイントになってしまう)とすることが可能になる。

 B 出口発想による実践的な情報活用とメンテナンスの設計

 具体的な情報活用を出口として、そこから遡ってシステムを検討、DBの設計を行うことが本当に使いものになるCRMの仕組みづくりに必須の対応である。このためには、基本となるデータは可能な限り幅広くの収集する必要がある。と同時に、精度の高い情報システム構築を心掛けることが不可欠で、手を抜かないでチェックシステム、メンテナンスシステムをきちんと作ることが、そのためのコストアップも含めて、後で必ず元は取れるということになるはずである。

ポイントシステムはインセンティブの提供であると同時に、顧客データを収集して、その内容分析から自社の顧客にどのような商品、サービスを提供するかという政策判断、営業施策を実施するために活用することが大きな目標である。従って、ポイントを付与するカードの仕組みはより多くの顧客から幅広いデータ収集を意図したもので無ければならない。

然しながら、多くの仕組みで、企業発想でのカード運用を考えることから、コスト軽減と利益が優先され、幅広いデータの収集やメンテナンス体制が出来てこない。

百貨店などではポイント対象売場として、利益が薄い食品やインショップは外され、自社カードを優先するという立場で、汎用のクレジットカード利用は除外される。従って、レストランや園芸ショップ、それにブランドショップにはよく行くが、ポイントカードが使えないという多くの顧客の来店頻度や動機づけが把握出来ないことになる。

 C    上位客ニーズに対応する商品施策で自社のコアコンピテンスを強化

幾らポイントが付こうが、サービスが良く、ひいきの店であっても、商品が無ければ仕方がない。欲しい商品があることと、納得の価格、それに信頼の置ける品質、サービス、こういったものがないとポイントカードだけの仕組みがあっても役には立たない。実効のあるCRMの構築には、自社を支持する上顧客の商品ニーズを満たす施策が必須である。

上位顧客が支持する自社の商品に対して品揃えを良くする、そのための分析システムとして、顧客のグルーピングでの上位セグメントと商品のグルーピングでの上位セグメントの重なり合う部分での商品対応が一番大切だということである。 この重なり合った部分の商材について、品揃えの幅と奥行き、それに納得のゆく価格づけが、自社の大切な顧客のニーズに対応するという観点では最重要課題と位置付けができる。

そういう意味で、品揃えのための商品マネジメントは、上顧客のニーズが何であるかを正しく把握するための顧客マネジメントが先にあって、その上で、上顧客満足の品揃えのための商品マネジメントが次に来るというのが正しい取組み方の順番になる。

 

顧客の商品ニーズに的確な対応をするのは、先ず一番影響度の大きい、自店とのつながりの最も強い上得意客から始めるのが、その期待効果や自社のアイデンティティを確かなものにするという意味で理にかなっている。

 自社のターゲットである上位顧客のニーズに対応した、本当に納得のいく品揃えが確立された店作りができれば、他社とは異なって特徴のある、ストアアイデンティティの確立された店作りを確立する事ができる。

  上位顧客が支持する商品を強化することは、ひいては自社の強みを意識して、さらに強くするということにつながる。 限りのある売場スペースで他の店舗と違って、自社の特徴を出した商品の確保を軸に、他社との差別化を図るという施策が競合優位になり、同質の単なる価格競合だけの店作りと違って、自社のポジショニングを明確にした、付加価値の高い店作りができることになる。 つまりコアコンピテンスの強化が自社の性格を明確にして、競合他社との違いがハッキリした、特徴のある店作りで、顧客のニーズに的確に対応するということが可能になる。

 上位顧客を優遇すると、ターゲット客の来店頻度が多くなり、相対的に上位客の占める割合が増えてその結果、売上が拡大し、利益率が改善されることになる。もっとも、その反動として下位の顧客数が減り、購買率が下がることがあるが、中、上位客が上方にシフトすることで、結果として、‘利益のカーブ’効果で売上と利益は右肩上がりになって来る。

 

上位顧客を優先すると上位客が増えて、下位顧客が減るがそれで良い。上位顧客を大切にすることが、結果として、経営の軸を正しい方向に導いてくれるであろう、という期待が持てる点、つまり、自社を支持してくれるお得意様の満足度を高めるように経営努力を進めていく事が、自社のメインターゲットにベストフィットする店作りができるということにつながってくる。 上位客にマトを絞ったCRMの構築は、同質化の低価格競争から抜け出して、価格競争に頼らないポジショニングが明確な、他社とは違う、自店の‘強み’を支持してくれる固定客をたくさん持った、他を差別化する競合優位の企業づくりが出来る事になると期待される。

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